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それに加えて診療報酬自体も昭和四九年には一六%、五一年には九%、五三年には一一・五%にみられるように大幅に引き上げられていた。
政治的力関係は末だ日本医師会に有利であった。
ところが、一九八〇年代に入ると、以下述べるような状況の変化により財政当局のほうが診療側に対して優位という第四の条件が満足されるようになった。
その具体的な表れが昭和五六二九八一)年の診療報酬の改定であり、これを契機に改定幅はマクロの経済指標にそのままスライドされなくなり、代わって本章の始めに述べたように「医療費の自然増」部分を差し引くなどの厳しいルールが確立した。
このような劇的な変化はどうして起きたのであろうか。
一九六〇年代においては日本医師会は中医協における審議を混乱に陥れることによって自らの要求を貫徹できていたし、また一九七〇年代においてはスライド制の導入によって大幅な診療報酬の引き上げを実現していた。
ところが、一九八〇年代に入ると状況が一変し、その理由として以下が考えられる。
第一に、政府の財政支出が増えすぎた、という考えが広く受け入れられるようになり、「ただ」の老人医療に代表されるような医療費に対する歳出がやり玉に上げられた。
実は、昭和四八(一九七三)年の「福祉元年」からわずか数年後には「福祉見直し論」が徐々に台頭してきたが、こうした動きは一九八〇年代になって小さな政府を目指す臨調の「行革」が断行されたことにより一挙に表面化した。
第二に、マクロの政治状況として一九七〇年代においては自民党は選挙で苦戦していたため、福祉を見直すことが困難であった。
ところが、昭和五五二九八〇)年の総選挙で自民党が大勝して保革伯仲時代が終わると野党の攻撃は迫力を欠くようになった。
第三に、厚生省には新しい気概が見られるようになり、その志気も向上した。
こうした変化は吉村仁に負う点が多かった。
吉村の創造的、かつ挑戦的な性格と行政手腕には定評があり、保険局長、そして後には事務次官として厚生省の活性化に大いに貢献した。
なお、こうした有能な一人の個人のおかげで組織風土が変わった例は、厚生省以外の省庁においても観察されている。
第四に、厚生省の攻撃相手である日本医師会の勢力が弱まった。
組織率の低い若い勤務医が大幅に増えたため組織率全体も低下し、会員、とくに執行部の平均年齢はしだいに上がっていった。
奇しくも武見自身も病気になり、昭和五八(一九八三)年には会長を辞任した。
以後、日本医師会はパイの拡大が難しい中で、パイの配分をできるだけ固定化して医療機関の間のバランスを保つことを中心的な課題にするようになった(詳細は次章参照)。
第五は構造的な変化ではないが、緊急を要する課題が浮上した。
それは老人医療に対する国の負担の急増である。
老人医療が無料化された昭和四八(一九七三)年には二一八〇億円に過ぎなかったが、五〇年には三九四〇億円、五五年には九五八〇億円と、四倍以上に増えた。
このように国の負担が増えた理由は、老人の自己負担分三割のほか、当初予測しなかったことであるが受診率等の向上により国保への助成が大幅に増えたことにある。
いずれにせよ、国は結果的に老人医療費全体の半分を負担することになり、なかでも国保助成のための支出が全体の三分の二を占めていた。
老人医療に対する国の負担が増えたことに対して、大蔵省は強い不満の意を表明していた。
保険局としてはそれに応えるためにも三回にわたって自己負担分を増やすなどして老人医療の支出を減らすことを試みたが、いずれも自民党によって退けられた。
しかしながら、昭和五五(一九八〇)年からは大蔵省が各省庁に対する予算の伸び率を一律前年度の一〇%以内(後にはマイナスシーリソグ)にするよう要求し、この範囲に留める具体的な方法はそれぞれの省庁の裁量に任せた。
厚生省としても新たな対応を行う必要に迫られたが、まず昭和五六年の診療報酬の改正で「自然増」部分が支出増から差し引かれるようになった。
このようにして改定幅を圧縮できたのは、診療報酬の改定がトップダウン方式で行われることが定着していたからである。
しかしながら、「自然増」部分を差し引くだけでは政府の財政支出を抑えるのは不十分であり、老人医療に対する助成額を減らすための抜本策的な対策をとる必要に迫られた。
それを実現したのが老人医療に対する新しい財政負担の方法を決めた昭和五八年から施行された老人保健法である。
同法により各保険者は老人医療費全体の七割を、実際に加入している高齢者の割合に関係なく、国全体の割合に従って均等に負担するようになった(残りの二割のみを国が、一割を県と市町村が折半でそれぞれ負担するし。
このように老人医療に対する保険者の拠出制度が導入された結果、国の老人医療に対する負担は大幅に減少した。
国保に対する助成額だけでも昭和五八年に三二八億円、五%減少した。
その結果、厚生省の歳出を予算枠の範囲に留めるという当面の緊急課題を解決できた。
それと同時に、老人医療の医療費を各保険著が均等に拠出するようになったので、マクロのレベルにおいて医療費を抑制するための第五の条件、つまり各保険者の財政状況がほぼ同じである、も満足された。
ちなみに導入以前は、組合健保は大きな黒字、政管健保は小幅な黒字、また国保のほとんどは大きな赤字を抱えていたので、政管健保の収支状況に合わせて診療報酬の引き上げ幅を決める方式には無理が生じていた。
こうした財政上の不均衡が生じる最大の要因は高齢者割合の相違にあったが、老人保健法の施行により格差は大幅に是正された。
なお、昭和五九(一九八四し年に主に六〇歳代の高齢者のために創設された退職者医療制度に対して、被用者保険からの拠出金制度が設けられたことによって財政調整はいっそう進んだ。
実は昭和五六年の診療報酬の改定において、引き上げ幅が抑制されたため、組合健保の多くは黒字であり、こうした状況もあって老人保健法による財政調整に反対しにくかった。
以上のようにして、医療費を抑制するための五つの条件、すべての医療検閲に対しての同一の診療報酬の適用、改定方式の確立、保険料と支出の直接のリンク、財政当局の診療側に対する優位、保険者によって財政状況が大きく異ならない、がようやく全部満足されることになった。
その結果、保険局は比較的明確な枠組みの中で中医協における診療報酬を巡る交渉に臨むことができるようになった。
医療費の増加に対応するための新しいルールが確立されるまでには、複雑な要素が関与しており、達成までにも長い時間を要した。
だが、ここで留意するべきは、五つの条件が揃った以後も政治的な関与がなくなったわけではない点である。
むしろ制度として存続するためには、五つの条件以外にも状況の変化に対してフレキシブルに対応できる構造を持っていることが必要である。
日本の制度はこうした点においても優れており、その好例が平成四年の診療報酬改定である。
平成四(一九九二)年の改定において、診療側は昭和五六(一九八一)年以来のほぼ一〇年ぶりに実質的な引き上げを勝ち取った。
薬価は従来と同じく引き下げられたが、それを除いても診療報酬そのものは実質で二・五%引き上げられた。
その背景には、保険局としては診療報酬を引き上げねばならない二つの事情があった。
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